世田谷草野球ロスヒターノス・ブログ

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HIROSHIMA

 61年目の原爆記念日。この61年という年月が我々に語りかけてくるモノとは何なのだろう。ボクはこの61年という年月は、過ちを風化させる程のスピードで時代は流れ、戦争とは遥か昔の話になりつつある。

 61年前にこの世に生をうけた人間も、すでに61歳。定年を迎え老後の生活を迎えてる人も少なくないだろう。

 当時10歳の人だと71歳、当時成人である20歳であった

人はすでに81歳と日本人の平均寿命を超える年齢となっている。

 つまり人類史上最悪の爆弾を投下された記憶のある人々は、時代の経過とともにドンドン減り続けており、特に今後の10年そして20年後には、平均寿命から考えてみてもわかるように被爆者たちからの体験談を聞くことは非常に困難になるだろう。

平和を唱えれば『左』と言われ、戦争のほんの一部でも肯定するものなら『右』と呼ばれ、中立なものは今の日本には存在しないような気もする。

合理化により「YESかNOか」の二択、身分も「勝ち組か負け組か」の二択、いまの日本からは真ん中はなくっている。

真ん中が分からなければ平衡感覚すらとれない。

だから不安定なんだ。

新しい時代の土台にあるのは、ふるい歴史の積み重ねだ。

戦争経験者と触れる機会を小さい頃から持つことは年々困難になっているが、絶対に持たなければいけないとボクは思う。