世田谷草野球ロスヒターノス・ブログ

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今日から神無月。【神様・仏様・稲尾様】と呼ばれた時期に【神様も仏様も稲尾様】もいない唯一の試合

西武ライオンズが西鉄ライオンズ時代からシーズン最多敗戦記録を更新した。

西武ライオンズとなってから【パ・リーグの王者】というイメージが強かったが、90年代後半から福岡ダイエーホークス(福岡ソフトバンクホークス)の台頭もあり近年は【王者】の姿は身を潜めている。

1950年代に九州の西鉄ライオンズを常勝チームに作り上げた三原脩監督、そのクライマックスはなんといっても1958年(昭和33年)の日本シリーズだろう。

3連敗のあとの4連勝で生涯のライバル水原茂率いる読売巨人軍を倒し日本一となった。

その日本シリーズでMVPに輝いた西鉄ライオンズの稲尾和久投手を翌日の新聞は【神様・仏様・稲尾様】と稲尾を表現した。

全7試合中6試合に登板、5試合で先発し4試合で完投。第3戦以降は26イニング無失点。

勝っても負けてもすべてを稲尾がもっていった日本シリーズであったことは上記の数字からもわかる。

しかしその神様がいなかったのが唯一いなかったのが10月12日に後楽園球場で行われた第2戦。

西鉄は先発の島原が初回打者4人に対して1アウトも取れず2安打2四球、続くリリーフの畑も連打や制球難でこの回だけで7失点。

西鉄にとってはまさに【神様がいない】試合だったのだ。巨人の堀内庄投手が5安打3失点で完投勝利した。その5安打も豊田・高倉・中西だけで、下位打線はヒットの1本すら放つことができなかった。


球史を振り返れば【神様・仏様・稲尾様】がクローズされるが今回は【神様も仏様も稲尾様もいない試合】について取り上げた。








↑【神様も仏様も稲尾様もいない試合】のチケット