世田谷草野球ロスヒターノス・ブログ

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流れ星・仰木監督

 信じられない。とにかく信じられない。

あの仰木監督が逝ってしまうとは・・・本当に信じられない。

 仰木監督仰木マジックは、周囲には魔法のように見えるが実際は緻密なデータや経験に裏打ちされたものだ。手品と一緒で、タネがあるのだ。

 つい1週間ほど前、あるプロスポーツ選手と話す機会があり仰木監督の話が出た。(←むしろボクが出した)

 そのプロスポーツ選手はイチローや野茂は凄いけれど、型にはまった日本野球の中でああいう選手がいるのは不思議に感じたそうだ。

 イチローと野茂を線で結ぶと仰木監督の名前があらわれる。しかし、イチローも野茂も仰木監督に育てられたのではない。仰木監督は彼らの個性を見て、鋳型にはめられた選手にならないように2人を守ったのだ。

 ボクも大学時代からずっと指導者の立場にたってきたが、多くの指導者が選手の欠点を見つけるのがうまく、見つけた次の瞬間からそれを直そうとする。これは、年齢や指導経験に関係なく、そのようなコーチが多い。(←そういうコーチほど自分が一流だと語ってくるが・・・)

 指導者は本来選手の良い部分を引き出し、そこを伸ばしていかなければならないのだと思う。しかし、長所をみつけるというのは思いのほか難しい。すぐに欠点を直し始める指導者は選手の長所を見つけることは決して出来ない。仰木監督は選手の長所をみつけ、そして同時に欠点を見つけ、その選手が自ら決断をしてつくりあげてきた「個性」を尊重してきたのだ。

 野茂選手の1年目の華々しい成績は数字上のものだけで、実際90年の野茂選手は前半戦苦しい試合が多かった。そしてその原因は見慣れないあのフォームにあると多くの評論家が指摘した。しかし、仰木監督はその声をかき消すかのように野茂に今までのスタンスを崩さないようにアドバイスした。その結果、日米通算200勝をあげる名投手となったのだ。

 一方のイチロー選手の振り子打法も、批判の的になった。ルーキー鈴木一朗は野茂投手から初本塁打を放つも、振り子打法を認めない監督により二軍に落とされたのだ。しかし、仰木監督オリックス・ブルーウェーブの監督に就任した94年、鈴木一朗は「イチロー」と名前を変え、振り子打法を武器に数え切れないほどの日本記録を樹立していった。

 

 極論を言えばコーチがいなくても選手は育つ。選手が急成長を遂げたり、好調時にはコーチがうじゃうじゃ寄ってきて、あたかも自分が教えたかのように振舞う。そして、その選手の成績が落ちてくるといっぱいいたコーチが周りからいなくなる。それがコーチの世界の現実だ。しかし、仰木監督はそのようなコーチとは正反対で選手が窮地に立たされた時に選手を守る監督だった。

 

 わたしは指導者に必要なものは『知識』と『決断力』『男気』そして『ユーモア』『笑顔』だと思う。

すべてを兼ね備えたのが、仰木監督であった。

 私は、仰木監督の素晴らしさを語った後に、ポロッと

仰木監督に会って話を聞ける機会があればうれしいですね」

と最後に発したら、そのプロスポーツ選手は、

「それは是非会うべきだよ!」

と言ってくれた。

しかし、まさかその後1週間もしないうちに逝ってしまうとは・・・

本当に残念でしょうがない。

一回も面識はないが昨日見た多くの流れ星はもしかしたら、仰木監督から学んでみたいと、

決意したボクに対して、仰木監督からのメッセージだったのかもしれない。

とにかく今はご冥福をお祈りすることしかボクには出来ない。