暁の超特急・吉岡隆徳と北井正雄(阪急軍)と田部武雄(大日本東京野球倶楽部)

1984年の5月5日、戦前の陸上短距離の伝説的スプリンター・暁の超特急と呼ばれた吉岡隆徳氏が74歳で亡くなった日。

1932年(昭和7年)のロサンゼルスオリンピックの陸上短距離100m走に出場し6位入賞。
金メダルを獲得したアメリカのエディ・トーランが【深夜の超特急】と呼ばれていたのにちなみ【暁の超特急】と呼ばれるようになった。
このロサンゼルスオリンピックのこの種目での決勝進出は日本人はおろかアジア人初の快挙だった。そして100m走での決勝進出は吉岡以降現れておらず、当然6位入賞も現在まで日本人の最高位となっている。

そんな日本史に残るスプリンター「暁の超特急」とたびたび野球界の逸話に登場する。

戦前の職業野球・阪急軍に所属していた北井正雄は旧制大社中学で吉岡の後輩だった。
吉岡は北井の目にとまる俊足だったこともあり入学当初は陸上部に入部していたという。
その後、野球の道に進んだ北井は旧制大社中学卒業後は米子鉄道管理局へ入社し1932年に来日したニグロリーグのフィラデルフィア・ロイヤルジャイアンツとの一戦に登板。社会人から一転関西大学へ入学し野球部に入部。のちに阪神タイガースの酒仙投手として有名な西村幸生投手とともに関西大学黄金時代を築き上げた。
1936年(昭和11年)に誕生した日本プロ野球(職業野球)の阪急軍に入団しエースとして君臨。「東の沢村、西の北井」と評されたほどだったが、翌年1937年(昭和12年)8月7日に腸チフスで急逝した。

もう一人「暁の超特急」とのエピソードを持っているのが明治大学野球部の田部武雄だ。
体こそ小柄だったが野球史において田部武雄こえるセンスをもった天才選手はいないかもしれない。
田部のことを書くと何ページあっても足りないほどのエピソードがあるので、今回はこの吉岡とのエピソードにフォーカスしたい。
1932年(昭和7年)明治大学を卒業した田部、東京六大学でもその韋駄天ぶりを発揮した田部と暁の超特急・吉岡隆徳はどちらが速いのかという雑誌の取材があったのだという(一説には神宮で練習中の吉岡の元に田部が現れ挑戦を申し込んだとも)。吉岡も東京六大学の盗塁王田部を知っていた。
100m走競争の結果は言うまでもなく吉岡が田部に勝った。が、田部伝説はその競争内容だ。陸上の専門ではない田部だったが、なんと前半の50mまでは吉岡よりも速かったというのだ。日本が世界に誇るスプリンターと前半まではほぼ互角だったというのだからいかに田部が俊足だったかが伝わってくるエピソードだ。
ちなみに明治大学のチームメイトだった松木謙治郎が証言しているのだからかなり信憑性の高いエピソードだと思う。
田部のキャリアのほとんどは満洲と満洲野球ということもあり資料があまり残っていない謎多き選手だ。
1935年(昭和10年)に大日本東京野球倶楽部(のちの読売巨人軍)のアメリカ遠征に参加し105試合に出場し110盗塁という驚異的な盗塁をきめた。
沢村栄治とともに田部はアメリカの野球ファンを魅了した。第二次アメリカ遠征帰国後に球団内の内紛もあり、1936年(昭和11年)の職業野球誕生を前に日本球界を去り再び満洲へ戻ってプレーした。その後も都市対抗野球に大連実業の一員として出場したが、1944年(昭和19年)に応召され沖縄へ。
1945年(昭和20年)6月、激戦地摩文仁海岸で戦死したとされるが、没日も詳細もわかっていない。摩文仁海岸での戦いは沖縄戦最後の激戦地だったこともあってか田部の最期に関する記録は残されていない。享年39歳。

暁の超特急・吉岡と北井・田部とのエピソードだった。

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暁の超特急: 吉岡隆徳ものがたり

作者:辺見じゅん
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夢、未だ盡きず: 平木信二と吉岡隆徳

作者:辺見じゅん
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