【こんなところにナゼっ!?】
そう思うことがある。
先日、昔のカリフォルニア・エンゼルスのスコアブック・マガジンを眺めていたら、驚いたことがある。
その前にまずスコアブック・マガジンの構成を説明したい。
今回のエンゼルスのものであれば、基本的には表紙もチーム情報は同じ内容だが、対戦カードによって試合日や対戦相手の部分だけがマガジンごとに差し替わっているということだ。
↑真ん中の部分の差し替わる部分だけ色が変わっている。
今回、偶然手に入れたエンゼルスのスコアブックマガジンな訳だが、開いてみているとビックリしたことがあった。
対戦相手のチーム名が
【TOKYO ORIONS】
さらに監督も【Wataru Nonin(濃人渉)】。
間違いない。
大映の社長である永田雅一がこよなく愛した東京オリオンズだ。
一体、何年のスコアブックマガジンなのか調べていると、ハンバーガーチェーンのカールズジュニアの広告には、【©1971~】と記載されているので、1971年以降だということはわかった。
しかし、釈然としない。
【TOKYO ORIONS】という表記である。
1969年、大映の不振によりチーム名が【東京オリオンズ】から【ロッテオリオンズ】と変わっている。
なのに、なぜ消滅したはずの東京オリオンズが1971年にアメリカで大リーグ相手に試合をしていたのか?
そこから色々と資料を漁ってみた。
まずわかったことは1971年3月、ロッテオリオンズがアメリカのアリゾナでキャンプを行っていたことがわかった。
ではなぜロッテオリオンズではなかったのだろうか?
つづく